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東京地方裁判所 昭和30年(行)128号 判決

原告 張輝昌

被告 国 外一名

訴訟代理人 岡本元夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告国は原告に対し、厚生大臣が昭和二十二年六月一日付で原告に対して為した医師免許が有効であることを確認する。被告東京都知事が昭和三十年九月二十八日付で原告に対して為した保険医指定取消処分はこれを取消す。被告東京都知事が昭和三十年十月二十五日付で原告に対して為した生活保護法第四十九条による医療担当機関の指定処分が有効であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十二年六月一日付で当時の厚生大臣一松定吉から昭和十七年法律第七十号国民医療法(以下旧国民医療法という)の規定による医師免許を受け、右免許は第一、〇二三号をもつて医籍に登録された。しかるに、厚生省医務局長は昭和三十年九月二十八日原告の右医師免許が無効であるとし、その旨原告に通知した。しかし原告の右医師免許は有効であるから告国に対し右医師免許が有効であることの確認を求める。

二、原告は昭和二十九年八月二日被告東京都知事から健康保険法第四十三条の三及び船員保険法第二十八条の三の各規定による保険医として次のとおり指定を受け、同年八月二十八日東京都公報第七六一号でその旨告示された。

診療科名 診療所の名称 診療所の所在地

神経科

内科   一里塚医院  板橋区志村町一丁目四番地

小児科

被告東京都知事は昭和三十年九月二十八日付で原告に対する右保険医の指定を取消す処分をし、同年十二月十日東京都公報第一、〇四〇号でその旨を告示した。しかし右保険医の指定取消処分は、原告の医師免許が無効であるとして為されたものであつて違法な処分であるから被告知事に対しその取消を求める。

三、原告は昭和三十年十月二十五日被告東京都知事から生活保護法第四十九条の規定による医療担当機関として次のように指定を受け、東京都公報第九六四号でその旨告示された。

名称又は氏名 所在地又は住所       診療科目

池袋診療所  豊島区池袋五丁目三五八番地 内科、皮膚科、小児科、性病科、神経科、眼科

被告東京都知事は昭和三十一年三月二日右医療担当機関の指定は無効である旨原告に通知した。しかして右無効の通知は原告の医師免許が無効であることを前提としており、その理由のないこと前記のとおりであるから、被告知事に対し前記医療担当機関の指定が有効であることの確認を求める。

と述べ、被告等の主張に対する答弁として、興亜医学館が四箇年の修業過程をもち、満洲その他の外地のいわゆる限地医師の養成施設であつて、旧国民医療法施行令第一条に規定する私立医学専門学校の指定を受けていなかつたこと及び原告が台湾人であることは認めるが、その他の事実はすべて争う。

興亜医学館の教授した学科内容は文部大臣の指定した医学専門学校とすこしも異るところはなかつたのであるが、同館は大東亜省の所管に属していたため、文部省との間で管轄争いがあり、そのため医学専門学校の指定を受けるに至らなかつたのである。しかし本来指定を受けるべきものであつたので、終戦後文部省は指定もれによる不合理を解決するために個別的に認定したうえで昭和二十一年二月一日同館の卒業生は医学専門学校の卒業生と同等の資格を有することを確認する措置をとつた。そして右措置に基き同年六月一日厚生省は原告に医師免許を受ける資格のあることを確認する旨の証書を発付し、これに基いて翌二十二年六月一日付で厚生大臣一松定吉は原告に対し医師免許を為したものであつて右免許には被告等の主張するような附款を附された事実は全然なかつた。と述べ、立証〈省略〉

被告等指定代理人はそれぞれ請求棄却の判決を求め、答弁及び主張として、

一、請求原因一記載の事実中、原告の医師免許が原告主張のように医籍に登録されたこと、及び該免許が有効であること、同二の事実中、被告東京都知事のした保険医指定の取消処分が違法であること、同三の事実中被告東京都知事の生活保護法第四十九条の規定による医療担当機関の指定が有効であることはいずれも争うが、その他の事実はすべて認める。

二、原告の医師免許は無効である。

(1)  興亜医学館は東洋医学院とともに当初講習会の形式で中等学校卒業を入学資格とし、医学専門学校の学科課程に準じて四箇年の教育事業を営み、その実状によれば主として朝鮮、台湾出身者に対し満洲国における医師を養成していたが、私立学校令第二条による私立学校設置の認可を受けておらず(認可の申請をしたが認可されなかつた)、専門学校令第四条による私立医学専門学校の設置の認可も受けておらず、学校とは認められないまま昭和二十年八月の終戦を迎えたが、右両校の卒業生又は在学中の者であつて、朝鮮及び台湾の出身者三百数十名(原告を含む)は、終戦によりその成業の目的を失つたため、厚生省当局に対し日本の医師免許を付与すべきことを要求した。しかし右両校は前記のとおり私立の医学校でもなく、私立の医学専門学校でもなく、文部大臣の指定も受けておらなかつたので両校の卒業生は当時施行されていた旧国民医療法第四条、同法施行令第一条第一項第一号に規定されていた医師免許の法定資格を欠いているため、厚生省ではその要求を拒絶したが、右卒業生等は厚生省当局に対し再三執拗に医師免許の付与を迫り、一方占領軍総司令部当局その他関係各方面からも免許の付与につき示唆又は要望もあつたので、これら卒業生が日本国内において開業することはあくまで認められないが、日本の医師免許証をもつて本国に帰り、その国の医師免許を受けるためにこれを利用するというのであれば、その位の便宜は図つてもよいと思われたし、またそうすることによつてこれら第三国人を早急にその本国へ帰還させることにもなるので、便宜の措置として本国に帰国すること、日本国内では開業できないこと、将来日本国内で開業せんとするときは改めて日本政府の定めた法規に従い正規の手続を経なければならないこと等の条件を付して原告を含む右の卒業生に免許証を下付さることに決め、昭和二十二年六月一日付、同月十二日付及び昭和二十三年九月二十七日付の三回に医師免許証を与えた。

(2)  ところで医師免許は、医師としての身分を与えることによつてその者に医業すなわち業として医行為をなすことを許可する行政処分であるが、その医行為は疾病の診療、治療、予防等人の生命、身体に危険を生ずる虞れのある行為であり、従つて直接国民の保健衛生に至大の影響を及ぼすものであるから、これに従事するには医学上の専門知識を要するのみならず、諸般の基礎科学に対する一般知識をも必要とするのであつて、これらの知識を有する者でなければ医師免許を与えるべきでないことは当然のことである(興亜医学館の私立学校令による設置の認可の申請が認められなかつたのは、医学に関する各種学校の設置を望まなかつた文部省の方針によるのである)。そこで旧国民医療法施行令第一条第一項第一号は医師免許の資格として「大学令ニ依ル大学ニ於テ医学ヲ修メ学士ト称スルコトヲ得ル者又ハ官立、公立若クハ文部大臣ノ指定シタル私立ノ医学専門学校医学科ヲ卒業シタル者ニシテ一年以上診療ノ修練ヲ経タルモノ」と規定し、同条所定の学校を卒業し総合的な医学知識を修得した者であつて、かつ一定の経験を経た者に限り、医師免許を与えることとしているのである。従つてこの資格要件は公益上の観点から定められた重要な要件であり、この要件なくしてなされた医師免許は重大な瑕疵があるものといわなければならない。しかして原告に対する医師免許がこの資格要件がないのになされたことは前記のとおりであり、しかもその瑕疵は免許当時客観的に明白であつたから、原告の医師免許は重大かつ明白な瑕疵があつて当然無効のものといわなければならない。

(3)  旧国民医療法施行令第一条第一項によると、医師の免許は同条項にかかげる資格を有する者に与える旨規定しているが、同項第一号及び第二号の場合は、同項第三号及び第四号の場合に厚生大臣の認定を必要としているのと異り、一定の資格があれば旧国民医療法第六条所定の相対的欠格事由のないかぎり当然医師の免許を与えなければならないものであつて、免許を与えるか否かまた免許を与えるについて条件を付するか否かについて行政庁の裁量は認められていない。従つて免許申請者が法定の資格を有すると認められる限り、無条件に免許を与えなければならないのであつて、免許に条件を付することは許されないものというべきである。しかるに原告に対する医師免許については前記のような条件を付して免許を与えたことは明らかに免許について法令で認めていない裁量を加えたものであつて、この条件は無効であり、かつ原告に対する医師免許はこのような条件を付しなかつたとすれば当然与えられなかつたのであるから、右条件の無効は当然に医師免許自体の無効をきたすものといわなければならない。また仮りに医師免許に条件を付することができるとしても、原告に対する医師免許に付せられた条件は前記のとおり日本国内で開業できないこと等それ自体医師免許の趣旨に反し、これを全く無意味とするような条件であるから、この点からもこのような条件を付した医師免許は無効である。

三、以上のようにいずれにしても原告に対する医師免許は無効であるから、原告は右免許によつては医師の身分を取得しなかつたのであるが、原告に対する健康保険法第四十三条ノ三及び船員保険法第二十八条の三の規定による保険医の指定並びに生活保護法第四十九条の規定による医療機関の指定はいずれも原告が医師の身分を有することを前提としてなされたものであるから、右各指定はその前提を欠き当然無効であるといわなければならない。それ故被告東京都知事は昭和三十年九月二十八日原告に対する保険医の指定は無効であるとの意味でこれを取消したものである。

と述べ、立証として(中略)甲第一号証の二は終戦後興亜医学館卒業者のうち朝鮮、台湾の出身者はいずれも帰国することとなつたが、前記のように同館の卒業者は学校を卒業したことにならずなんの資格も得られなかつたので、帰国者より帰国後の将来のために交付方の陳情があつたので、便宜の措置として帰国者に限り交付したものであつて医師免許を受けるために交付したものではなく、文部大臣の私立医学専門学校の指定として交付したものでもない(興亜医学館は私立医学専門学校でなかつたこと前記のとおりであるから指定の対象となり得ないもので、仮りに右甲第一号証の二が指定として交付されたとしても右指定は無効である)。甲第二号証は元興亜医学館長より単に残務整理のため交付の申請があつて交付したもので教育の実際について確認したうえで交付したものではないと述べた。

理由

一、被告国に対する請求について。

原告が昭和二十二年六月一日付で厚生大臣一松定吉から旧国民医療法の規定による医師免許を受けたこと、及び昭和三十年九月二十八日厚生省医務局長は原告に対する右医師免許が無効であるとしてその旨を原告に通知したことは当事者間に争がない。

被告は、まず原告に対する右医師免許は、原告に医師としての資格がないのになされたものであるから無効であると主張するのでこの点について考えてみると、原告が興亜医学館を卒業した者であつて、興亜医学館が四箇年の修業過程を有する満洲その他外地のいわゆる限地医師の養成施設であつて、旧国民医療法施行令第一条第一項第一号に規定する私立医学専門学校として文部大臣の指定を受けていなかつたことは当事者間に争がない。原告は昭和二十一年二月一日文部省は同館の前記法案による医学専門学校の指定もれによる不合理を解決するため個別的に認定して、同館の卒業生は医学専門学校と同等の資格を有する旨確認する措置をとり、医師免許を受ける資格を付与したと主張する。成立に争のない甲第一号証の一、第二号証には、交部省は興亜医学館所定の四箇年の課程を卒えた者はその学術及び実地ともに日本帝国医学専門学校を卒えた者と同等であると認めて証明する旨記載されているが、成立に争のない乙第八号証証人真明倶雄の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証と同証言及び証人近藤純一の証言によると、右甲第一号証の二は、興亜医学館が私立学校令及び専門学校令による学校ではなく、同館の卒業生はなんらの資格も得られないし、終戦によりその目的であつた満洲その他外地の医師となることも不可能となるという気の毒な結果となつたので、同館卒業生のうち台湾及び朝鮮出身者が帰国して役立たせる意味で好意的に交付したものであつて、日本において医師免許の資格を付与するために交付したものではなかつたこと、第二号証も同館の残務整理のため右甲第一号証の二の交付記録に基いて発行されたものであることを認めうるから右各書証は右原告の主張事実を認めるに足らない。又、証人林彰東の証言及び原告本人尋問の結果中前記原告の主張に符合する部分は措信することができないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

それ故原告に対する右医師免許は原告が当時施行されていた旧国民医療法第四条、同法施行令第一条第一項各号に該当しないのになされた瑕疵があるといわなければならない。ところで医師免許は免許を受けた者に医業をすることを許可する行政処分であるが、医業は人の生命、身体の危険に対し直接の関係を有する業務であるから、その適否は国民の保健に重大な影響を及ぼすものであるので、法は一定の知識と経験とを有するものに対して初めて医師免許を与えそのものに限り医業を許可し、医師免許を受けない者が医業を行うことを禁止することゝした。従つて医師免許にあたつては免許を受ける者の資格の有無ということは最も重要な要件であり、資格のない者に対して与えた医師免許は重大な瑕疵があるというべきである。又成立に争のない甲第三、第四号証、証人東竜太郎、同谷川直臣の各証言により真正に成立したと認められる乙第一、第三号証の各一ないし四証人熊崎正夫の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二と証人勝俣稔、同東竜太郎、同谷川直臣、同宮崎改善の各証言を綜合すると、昭和二十二年六月一日付原告に対し付与された医師免許は興亜医学館が前記のとおり旧国民医療法施行令第一条第一項第一号に規定する学校に該当せず、原告が医師免許を受ける資格のないことは右免許当時明らかであつたにもかゝわらず台湾に帰国して同地の医師免許を得るための証明資料とするため便宜交付されたものであることが認められる。証人羅綿郷、同林彰東の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。従つて右瑕疵は客観的にも明白であつたというべきである。

してみると原告に対する医師免許は他の点について判断するまでもなく重大かつ朋白な瑕疵があつたと認めるべきで当然に無効であるといわらければならない。

二、被告東京都知事に対する請求について、

原告の主張する事実中、原告に対する前記医師免許が有効か無効であるかの点を除いてはすべて当事者間に争がない。そして原告に対する医師免許が無効であることは一に説示したとおりである。しかして健康保険法第四十三条の三及び船員保険法第二十八条の三の各規定による保険医の指定並びに生活保護法第四十九条の規定による医療担当機関の指定はいずれも医師たる者についてなされたものであつて、医師でない者に対し右の指定がなされてもなんらの効力を生じないことは当然である。従つて被告東京都知事が昭和三十年九月二十八日付で原告に対する保険医の指定を取消した処分はなんら違法ではないし、生活保護法の規定にる医療担当機関の指定は無効である。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 地京武人 井関浩)

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